自由育児~世界で一番小さな保育園

布おむつと、母乳育児についてのブログ

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卵から育てたニワトリを食べる

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 お小遣いがありません

我が家ではお小遣い制を取っていません。一時期は家事1件5円という形でお金を支払っていたけど、共同生活をしているのに家事にお金を支払うというのも変だねという話になり、やめました。 

 

なので、年始にもらったお年玉をほそぼそと一年間かけて使うか、他に収入源がないと、お菓子なんかは買えないわけです。誕生日でさえ、両親が独断で選んだCDと絵本が贈られるのみで、おもちゃなどを買い与えないものだから、クリスマスのプレゼントは貴重なイベントなのです。

 

長男(小5)なりに色々知恵を絞り、「ニワトリを育てて、卵を生ませて売ることはできそう」ということで、ニワトリを飼おうということになりました。肉好きな長男は、育ったニワトリは焼いて食べられるからと、鶏肉も楽しみにしていました。

 

ニワトリを卵から育てる

せっかくなら卵からニワトリを育てようということになり、となり町の養鶏所から有精卵を取り寄せ、ネットでレンタルした孵卵器にセットして3週間。かわいい2羽のヒヨコが生まれました。これが2015年5月のことです。

 

長男・次男でそれぞれ名前を付けて育て、秋には立派な大人になりました。確信は持てないながらも、1羽は雄鶏、もう1羽は雌鶏のようでした。農業や畜産に詳しい宮崎の父にも見せて、どうやらそれは確からしいということになりました。父は、宮崎に連れてきたら、さばいてあげるよと腕まくりをしていました。長男も、いつかよろしくと笑っていました。

 

雄鶏と思われるニワトリは身体も大きくなってきて、トサカも立派になってきました。何か危険が及びそうな時は、体を張ってもう1羽を守っていました。エサを食べる時ももう1羽を気遣う感じで、たくましく、優しい男性そのものでした。

 

オスとメスなら子育てができる。最初に生まれた2,3個の卵は、メスに孵化してもらって、次の世代としよう。その後の卵は販売用にしよう。と夢が拡がりました。販売に耐えられる卵にしようと、有機野菜を取り扱うお店から野菜くずをもらったり、虫を捕まえてきて食べさせたりと、大忙しでした。

 

雄鶏の本能

本能、こればかりはどうしようもなく、雄鶏は鳴き声を出すようになりました。朝7時くらいに鳴いている時は、「これぞニワトリだ」などと悠長にしていたものですが、だんだん頻度も高くなり、早い時には4時台から鳴き始めました。住宅街のため、何か対策を取らないといけません。

 

そこで、夕方18時頃に大きめのダンボールの中にニワトリを入れて、倉庫で寝させることにしました。朝は7時以降にダンボールから出してあげる。遮光と防音で何とか早朝の鳴き声を抑えることができていましたが、そんな小手先のことで許される環境ではありませんでした。

 

ご近所から、早朝だけでなく、日中の鳴き声も耐えられないという話を頂きました。家族会議を開きました。声帯切除や他人にあげるみたいな案も出ましたが、最終的に、自分たちで食べようということに落ち着きました。

 

父に電話で依頼をし、大晦日に雄鶏を入れたダンボールを車に積んで宮崎に行きました。父は包丁を砥いで待っていました。子どもたち立ち会いのもと、さばくことになりました。

さばかれるニワトリ

卵からずっと飼っているためか、人懐っこく、抱きかかえてもジッとなされるがままになっていた鶏です。足が縛られる間もジッとしてて、また子どもたちとの遊びの一環なのかなくらい思っていたかもしれません。

 

父から喉に包丁を入れられたあと、少しバタついて、しばらくして息を引き取りました。名付け親でずっと面倒を見ていた長男は、ふとその瞬間に堪えきれなくなって、ひっそりと涙を流していました。

 

雄鶏は1時間後には、刺し身と塩焼きになっていました。こういう現実がまだ遠い未来だった頃は、「うまそうなニワトリだ」とふざけ半分に言ってた長男も、料理を目の前にして無言になってしまいました。食べる気がしないという長男に、「一口でも食べてやって」と夫が言い、やっとの思いでその肉をかみしめていました。

 

愛情を込めて育てられたおかげか、味がギュウッと詰まっていて、硬くもない軟過ぎもしない、美味しいお肉でした。食べられる側は食べられることに「ありがとう」とは思わないだろうけど、その肉質から、幸福感は出ているような気がしました。

 

翌朝少し落ち着いた長男は、鶏肉が入った炒めものを口にして、「美味しい」とつぶやいていました。

食育について

食育」として子どもにこういう体験をさせたほうが良いとは、自信を持って言えません。自分たちが口にする動物の解体を見せること、体験させること自体は「食育」としていいと思います。山で捕まえた動物とは違い、特別な感情を持って育てた動物を食べることが、子どもにとって良いことかどうかは判断ができません。

 

今回の件については、自分で決断し、乗り越えた長男を誇らしく思いました。

 

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